AI NEWSLETTER Vol.29
OCTOBER , 2019
ニュースレター29号です。今回からはしばらく「心理学」をテーマに文章をお届けしてみたいと思います。
人事が知っておくべき「社会心理学」
なぜ人事に心理学が必要なのか?
人事は広範なスキルセットを求められる仕事ですが、その中でも「心理学」というのは知っておいて損はないものです。
人事は経営者、また現場のマネージャーと交渉したり、時に彼らにこちらの望むアクションを取ってもらわないといけません。彼らはそれぞれの理屈で、自分たちの都合を主張するでしょう。得てしてそうした「現場の事情」に人事は押し負けがちです。
そいういう時に我々を助けてくれるのが、「心理学」なのです。心理学は、人間であれば人種国籍を問わず、ある程度共通した行動パターンが見られると証明されているものです。そういう理屈を武器に、現場と戦っていくのです
こうした理論を、Formal Theory といいます。学問的に、研究によって一定の正しさが証明された理論です。反対に、現場で経験に基づいて語られる理論を Folk Theory と言います。「持論」という言い方も出来ます。
例えば「多様性は多い方が良い」というのは昨今多くのリーダーが語る Folk Theory です。一方で多様性が高すぎると生産性が落ちる、というのを証明している Formal Theory もあります。どちらかが必ず正しいというわけではなく、ケースバイケースで考えていく必要があります。
なぜならば、経営や人事は自然科学ではないので、「持論」にも一定の正しさがあることがあります。心理学も一定の条件が違えば異なる結果が出ることがあります。それゆえに、Formal Theory と Folk Theory を両方を理解することが重要なのです。
Folk Theory は仕事経験を積む中で「だいたいこれが正しいだろう」と積みあがってくるものです。一方で、Formal Theory は教科書を見ればすべて書いてあります。それゆえに、心理学をまずは勉強してしまうというのは人事にとっては、スキルを身に着けるうえでは比較的近道なのです。
社会的手抜き(Social Loafing)~なぜ人が増えても組織が成長しないのか
特に「集団」について扱う「社会心理学」が人事の仕事に近い領域の一つになりますので、本ニュースレターではいくつか知っておくと良いものを紹介しましょう。
まず「社会的手抜き(Social Loafing)」です。これは、人が増えれば増えるほど、「誰かがやるだろう」と考えてしまって、全体の生産性が落ちるという状態です。
ある昔話があります。昔、ある村でお祭りがありました。その村の風習では、それぞれの家から「お酒」を少しずつ持ちよって、大きな樽に注いでいきます。それで樽が一杯になったら、みんなで樽を開けてお酒を飲むという風習です。
しかしある村人は、「自分一人くらい水を入れてもわからないだろう」と考えて、お酒ではなく水を持って行きました。そうして、樽が一杯になって樽を開けたところ、なんと樽に入っているのは全て水でした。村人全員が、「自分一人くらいなら」と考えて、水を持って行っていたというのがこの話の結末です。
こうした、自分がやらなくても誰かがやるだろうということを人間は無意識に考えてしまいます。組織が大きくなればなるほど、この意識は大きくなってしまいます。
それゆえに組織は適正なサイズにしておくことが重要です。「6人」が適正人数の一つであると言われていす。
また、「人が足りない」という声を聞いて採用しても、ただ単に同じミッションに向けて人を増員することにしてしまうと、結局全体のアウトプットは増えなかったという事が起こるので、注意が必要です。
ミッションを切り分けて、担当領域をある程度明確にしてあげないと責任が不明確な状態が起こってしまうでしょう。
帰属のエラー(Attribution Error)-なぜ組織に対立は起きるのか
何か物事が起きたときに、「自分が原因だ」と捉えることを「内的帰属」と言い、「環境が原因だ」と考えることを「外的帰属」と言います。
一般に、人は「他者の行為」は「内的帰属」と捉え、「自分の行為」は「外的帰属」と捉える傾向があります。
例えば誰かがミスをすると「あの人は不注意だ」と判断しやすく、一方で自分がミスをしたときには、「お客さんのせいだ」「状況が悪かったせいだ」と判断しやすいという傾向です。もちろん全ての人がそうであるとは言いませんが、無意識のうちにこうした判定をしがちなのが人間の習性です。
こうした帰属のエラーをそのままにしていると、問題が正しく分析・解決されないばかりか、組織の中に「他責(相手を責める)文化」が出来上がってしまいます。
組織の中にしっかりと定着させるべきは、「事実をしっかりと捉える」という習慣と、「論理的に考える」スキルです。少なくとも問題解決に当たるマネージャーはこうした能力を備えられるよう、人事は教育を施していかなくてはいけません。
単純接触効果(Mere Exposure Effect)~組織のコミュニケーションがなぜ大切なのか
単純接触効果とは、繰り返し接触していると相手のことを好きになるという効果の事です。
街中に広告が溢れているのは、「よく見かける」ことが「好き」に繋がるということが実証されているため、マーケティングでは接触を増やすことは必須です。
また、営業パーソンは、相手に買う意思が無くても「まずは相手に何度か会う事」が必要だと言われています。これも同じ理由で、会っているうちに、「この人から何か買いたい」と思うようになるのです。
人事の世界では、「社員の顔を見る回数を増やす」というのは、単純ですが組織の一体感を高めます。
エンゲージメントが低下している組織というのは、往々にして社員が外出ぎみで一緒に集まる時間が極端に少なかったり、会議が予定されていてもキャンセルや欠席が多かったり、という事が発生していることが多いです。
自分の仕事に集中して、必要なコミュニケーションだけ取るというのは一見すると効率的ですが、逆に協力関係が無くなったり、相互不信が摩擦を生んだりして組織の効率をむしろ下げます。
定期的なコミュニケーションの機会を無理やりにでも作ることで、従業員の接触頻度を増やし、信頼関係やコラボレーションを促進することが出来ます。
昨今、働き方の多様化の流れで、リモートワークが推奨されています。一方で、リモートワーク先進国だったアメリカでは、Yahoo!、 IBM、 Bank of Americaなどを中心にリモートワークを廃止する動きになっています。コミュニケーションの低下が生産性を下げたのがその原因と言われています。
リモートワーク=悪ではなく、上手に使えばリモートワークも効果を発揮するでしょう。従業員の働き方の多様化を支援しつつも、組織の関係性をしっかりと維持するバランス感覚が求められると思います。
今回は経営者や、人事スタッフが知っておいて損はない基礎的な心理学を3つ紹介しました。今後も折に触れてこうしたトピックも紹介していきます。