ニュースレター25号です。今月もコラムとして、「文化とアイデンティティ」について書いてみたいと思います。
日本では平成から「令和」に変わり、新しい天皇陛下が即位しました。ちょうどタイでも新しい国王が即位され、日本とタイの両国は、同じタイミングで祝賀ムードに包まれています。歴史上、長らく友好国として付き合っていた両国が、同じタイミングでこうした節目を迎えたことは、何かの縁があるのではないかと思ってしまいます。
文化とアイデンティティ
日本の「令和」は「元号(Gen-Go)」と呼ばれています。天皇陛下が変わるたびに暦をリセットするというこの考え方は、世界で他に類がないそうです。一方、タイも仏歴という独自のカレンダーを持っています。こうしたことは両者がユニークな文化、アイデンティティを持っていることを表していると思います。日本もタイも、アジアの中では観光地として人気の国ですが、そうした魅力は文化の豊かさから来ているとも言えるでしょう。
文化の豊かさは、他国からの侵略をどれほど受けていないか、という事と関係しています。歴史上、他国を侵略すると侵略者はその国のシンボルを破壊したり、作り変えたりします。前回のニュースレターで紹介した岡倉天心はアジアの歴史を研究した人物でした。彼によると、インドや中国にあった豊かな古代文明は、モンゴル人によって破壊しつくされ、それによって文化も断絶してしまった、と述べています。昨今も、テロリストが仏像などを破壊しますが、こうしたことはただ単に仏像を破壊するだけでなく、文化を途絶えさせ、またアイデンティティを破壊するという象徴的な意味があります。
よく知られているように、日本とタイだけは欧米の植民地になっていません。日本には漢字が、タイにはタイ文字という伝統的な文字が残っていますが、それはそうした歴史的経緯と関係もあるでしょう。一方で、他の東南アジアでは、多くの国がアルファベットを用いた言語になっています。もちろん、シンガポールのように世界との交易を考えて意図的に公用語を英語にするケースもあり、言語というのは各国それぞれの判断、価値観を反映しています。
文字が英語や、アルファベットになることで、他国とのコミュニケーションはしやすくなるでしょう。それはビジネス上有利に働きます。一方、それによりその国で脈々と受け継がれてきた文化が一つ無くなってしまうという面があります。私は日本とタイにそれぞれの国の文字が残っていてよかった、と思っています。元号(Gen-Go)にも不要論があります。西暦の方がビジネス上は便利で良いのではないか、という考え方です。しかしながら、利便性のために古くからあるものを無くしてしまうのはやはり残念なことだと思います。
パリのノートルダム寺院が先日、火事で焼失したことでパリ市民は大きなショックを受けました。ノートルダム寺院はパリの文化の象徴の一つだったからでしょう。ノートルダム寺院は恐らく元の姿のままで復元されるでしょうが、仮に、二度と火事が起きないようにと近代的なデザインに生まれ変わったらどうなるでしょうか。恐らくパリ市民からは反発が出るでしょう。伝統的な、歴史のある姿にフランスの人々は「フランスらしさ」「パリらしさ」というアイデンティティを投影しているからでは無いでしょうか。
こうした事は、「グローバルスタンダード」と「各国の文化を重んじる」という2点の対立という意味において、我々のビジネスの日常にも顔を出す話です。例えば、人事制度をグローバルに統一する。いつ誰がどの国に行っても仕事ができるように、社内のルールをグローバルスタンダードにする。世界がインターネットで繋がり、国の垣根がどんどん無くなる中ではこうしたことは、ある意味で必然の流れと言えるでしょう。
一方で、各国のそれぞれの文化を無視して、ルールを急激に画一化してしまうのも良くない事だと思います。例えば日本では、1990年代にアメリカ型の成果主義を取り入れようとして大失敗しています。日本は結果のみならずチームワークやプロセスを重視する国民性だからです。また、タイで過度に実力主義的な人事システムを入れるとうまく行きません。タイは伝統的に年功的、階級的な社会だからです。そうした、文化的な特徴をよく理解して制度を調整していく事もまた、グローバルなビジネスリテラシーと言えるでしょう。
これから私たちの社会はもっと国の垣根が無くなっていきます。グローバルなビジネススタンダードを学ぶこととと同時に、文化の豊かな国に生まれ育んできた日本人、タイ人の強みを生かして、各国の良さに寄り添っていく事も忘れてはいけません。アジア人にはアジア人のアイデンティティがあります。世界が全てアメリカになってしまっては面白くない、と私は思っています。自分たちのユニークネスに自覚的であり、感謝し続けたいものです。
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本ワークショップでは、様々なアクティビティを通じて自分自身の在り方やリーダーシップスタイルを仲間とともにじっくりと振り返ります。また、多様な参加者とチームになることを通じて、リーダーシップの新しい姿に気づいていきます。
人材開発の世界では、「リーダーシップの開発」が最も難しいテーマの一つと言われます。