AI NEWSLETTER Vol.14
MAY , 2018
「ビジネスの成長を支えるための人材を育てる」
~ADVICS Asia Pacific Co., Ltd 様
自動車用ブレーキシステムのリーディングカンパニーとして業界をけん引するADVICS社。ADVICS Asia Pacific (以下ADSAP) 社では、タイとインドネシアの事業統括機能を担い、伸び行くASEAN需要に対応する事業基盤の拡充を図っています。今回は同社が考える人材育成についての方針や考え方を、General Managerの小池さん、Vice PresidentのThawatさんにお伺いしました。
AI:御社の事業概要と、人材教育に着手することになった背景についてお教えください。
小池さん: ADVICSはブレーキシステムのTier1企業として、世界各地のカーメーカーに対して自動車用ブレーキシステムの開発、生産、販売をしています。ADSAPは、アセアンの統括拠点として、タイとインドネシアの生産会社を含めたグループ会社4社を統括しています。
私は2013年に赴任しました。ちょうどその時期は、成⻑するアセアン市場に対応するため、タイに生産会社を設立するという、アセアン事業にとって大変重要な時期でした。
ADSAPでは、アセアンADVICSの経営に対するビジョン、ミッションを掲げ、それに到達するための目標として、アセアンマスタ-プランを作成し、全社員が同じ方向性で日々事業に取り組んでいます。私は経営企画担当として、マスタ-プランを作成する過程で、会社が目指す成⻑スピードに、どのように従業員の成⻑スピードをマッチさせていくか? が課題であると認識しました。「企業は人なり」。人の成⻑こそ会社目標を達成するための最重要テーマの 1つと考え、人材育成施策の強化に取り組んで参りました。会社が従業員へ求める成⻑曲線がとても高い。人間は経験を通じて自然に成⻑していくものだと思いますが、そのスピードを上げて求めるレベルに追いつかせるために、主体的な人材育成施策が必要です。
Thawatさん: それまでもADSAPには人材育成の仕組みはありました。一定の予算を割いて、従業員が受けたいと思った研修の補助をするという仕組みでした。しかしそれだと業務に結果が表れなかったり、研修に行くことが目的になっているような状況も散見されました。また受講する本人がどういうものを学べばよいのかを分かっていない場合もあったと思います。まずは会社の目標があって、その目標を達成するために必要なコンピテンシーを開発することにリンクさせないといけないと思いました。
AI:どのように企画をスタートさせていったのでしょうか。
小池さん: 2つあります。まず、「キャリアパスの多様化」です。今後、従業員数も増え と、働き方や就業価値観も多様化する。また、ポストも限られていく中で、いかに1人1人の個性や能力を活かしていくかが重要であると考えました。そこで、人事制度上のキャリアパスを「マネジメントコース」への1本道から、「専門家コース」を追加し、キャリアパスに選択肢を設けました。
次に、「会社として従業員にどういう力を発揮してほしいか」を整理しました。それを6つのCore Competency として言語化しました。「専門知識」「考える力」「やり遂げる力」「人を動かす力」「組織を強くする力」「心得」です。これを組織上の役割別に設定しました。
AI:コンピテンシーはどのように作成されたのですか。
小池さん: 日本本社の人事制度を参考にしながら、タイに合わせて開発をしました。議論の結果、実は日本の制度から大きな変更を加えませんでした。なぜなら、仕事や姿勢に対して期待する力、例えばマネジャーに求める能力は、基本的には日本もタイ同じであるという結論に達したか らです。
Thawatさん: ただコンピテンシーの言葉は抽象度が高いという一面もありました。なので、それをタイに落とし込むためにより具体的な説明を加えることを心掛けました。また、並行して従業員にヒアリングをしながら、どういう能力を身に着けていきたいかということも把握し整合性を取っていきました。
AI:その後はどのようなことをされたのでしょうか。
小池さん: コンピテンシーを定めたら、次は「キャリアパス」を明確にする取り組みを始めました。ADSAPでは、社⻑が全従業員と面談して意見を集約する取り組みがあります。その結果、「自分が将来ADVICSの中でどのように成⻑していくかが見えない、不安がある」という声が従業員からあがっていました。そこで、上司と部下で話し合いキャリアを開発していく取組みが必要だと考え、それを「キャリアパス設計シート」という形でフォーマット化しました。
私は、本来キャリアパスとは、他人から与えられるだけではなく、自身でありたい姿を考え、努力して、開発していくものだと思います。
このシートでは、まず従業員に5年後にありたい姿を考えてもらい、それを上司および人事と共有し、現状とのギャップを把握する。それをもとに、会社はチャンスを与える、従業員はそれにこたえられるようにしっかりと成果を出す。それを互いに約束して実施し、そして継続的に振り返りをしていく取り組みにしました。
AI:キャリアを考えろと言われても、考えられない人も中にはいたのではないでしょうか。
小池さん: 最初は戶惑ったと思います。日ごろから考えている人は別として、ほとんどの人が初めて自身のキャリアについて考えるきっかけになったのではないでしょうか。
Thawatさん: 会社には様々な従業員がいます。マネジャーになりたい人もいれば、今のままでいいです、という人もいます。全員がチャレンジしたいと思っているわけではない、ということもこうした取り組みをすると分かります。
人のモチベーションはそれぞれだと思います。昇格してキャリアを伸ばしていきたい人もいれば、安定的に仕事をしていきたいという人もいても良い、と会社としては考えています。ただそれぞれがそれぞれのモチベーションを満たしながら、ADVICSという会社に貢献し、そして自己実現をしてほしいと思っています。
一方で、「私はこのままでいい」という人がいたとして、それは本当に本音なのか、という視点も重要です。実は会社に対する不満があって、不満があるからこのままでいいと言っているだけかもしれない。人事がそうした本音をきちんとヒアリングして、理解し、問題を取り除いてあげることで従業員はもっとチャレンジしてくれるかもしれない。 そうした考えも人事は持たないといけません。
小池さん: キャリアパス設計シートを完成させる上では、マネジャーの力量が非常に大切になってきます。うまく書けない人を上司が導いてあげないといけない。だからこそマネジャーへの教育が大事です。会社組織の最小単位の⻑であるマネジャーが、部下の話を聞く、部下を育てていくなど、彼らが機能することこそ、組織が強化され、会社の目標達成に繋がります。人事がマネジャーの育成にしっかりコミットすることが、従業員がキャリアパスを描けることにつながると思いました。
AI:どのような教育を行っているのでしょうか。
小池さん: 階層ごとに求める各コンピテンシーを強化するための、階層別教育を始めました。マネジメント層から担当者層まで、全従業員を4つの階層に分け、各階層ごとに、従業員が会社からいま何を期待されているのか、今後昇格するためにはどんなコンピテンシーを発揮する必要があるのか。を伝えていきました。
同じ研修を単に4回繰り返すのではなく、いかに各研修の効果を高めるかも常に意識してました。特にマネジャー層は経験豊富で、自身のマネジメントスタイルにプライドもあるでしょうから、通り一遍の講義をしても素直に受け入れてくれないのではないかと考えました。経験があるからこそ、じっくりと自己を振り返ってもらうことが大事と考え、Asian Identity社の協力も得て、自分自身を客観的に振り返ってもらえるアセスメントを用いて、自分自身の強み・弱みを分析し、弱みをどうやって克服していけるかを考えてもらいました。
Thawatさん: タイ人マネジャーにも新しい視点が得られたと思います。部下の育て方、モチベーションの上げ方など、これまで何となく知っていたようなことでも、ちゃんと研修として設計された場で議論やアクティビティを通じて学ぶことで、「気づき」が得られたと思います。人間は、気づきが無いと成⻑しません。気づきを生む場のデザインが効果的だとわかりました。
AI:タイ人に研修するというのは、日本人に行うのとどのような違いがあると思いますか。
Thawatさん: やはり楽しい場にすることは大事だと思います。タイには講義形式の研修はたくさんあります。人気があるのは、しゃべりが面白い先生です。しかし、その場で笑いを取ったり面白くて満足させたとしても、教育の効果としてはどうでしょうか。やはり、自で考え、自分でやってみる。そうした手法を織り交ぜていかないと、楽しさと教育効果を両立させることはできません。
小池さん: 別の効果として、階層別研修実施によって、タイの組織のチームビルディング強化ができました。ADSMT(生産会社) も併せて一緒に実施しました。普段は業務の中で連携していますが、研修の中で一つの課題に一緒に取り組む、ということを経験することで、業務の中でも協力関係が築けるようになった。会社間のチームワークが良くなる効果があったように思います。
Thawatさん: 人事が研修の様子を観察することで、組織の色々なことが理解できます。この人は部下育成で悩んでいるなとか、この人は普段おとなしく見えるけど実はリーダーシップがあるな、とか、新たな面を発見できます。逆に部下の管理に問題があるな、ということも話し方を見ていると分かることがあります。そうした特徴の把握も、研修という場を通じて人事と現場の接点を作ることの産物です。
AI:お二人が協力して企画をされている様子が伝わってきます。一方で、日本企業の文化と、タイの文化を融合させる難しさは無かったのでしょうか。
Thawatさん: 日本企業は、規律がある、時間を守る、仕組みにする、というイメージをみんなが持っています。ちゃんと一貫してそういうコミュニケーションをしていれば、日本と同じようなレベルの規律がタイに根付かないということは無いと思います。
小池さん: コミュニケーションはとても大切ですね。日本人は「言わなくてもわかるだろう、やるだろう」と考えてしまいがちですが、同じ前提で考えてはだめ。日本人とタイ人が連携して、同じゴールに到達するために、具体的なアウトプットを共有していかなくてはいけない。時間をとって1人1人と向きあうことはもちろん、自分の企画の意図や考え方を正しく理解してもらうために、口頭だけで伝えるのではなく、紙に書くなどして、しっかりと理解を揃えるといった工夫も必要です。それを怠ると、色々噛み合わないということが起きます。これは日本人同士コミュニケーションでも大切にするべきポイントだと考えますが、タイ人とは言葉も文化も違うため、更に意識するポイントだと考えます。
Thawatさん: ステレオタイプにしないことも大切だと思います。タイ人は「日本人はとにかく情報を求める」という印象を抱きがちです。でもよく見ると、そういう日本人も、そうでない日本人もいる。日本人も多様だし、タイ人も多様。イメージで人を判断してしまうと、その人の考えを正しく理解できずに誤解して失敗してしまうこともある。注意深くその人の話や行動を理解することです。
ありがとうございます。本メールマガジンはタイで人事に関連する方が多く読まれています。最後に、人事という仕事について、是非一言お聞かせください。
小池さん: 人事は難しい仕事だと思います。私は日本で人事を経験し、タイで経理や経営企画の経験を通じて、数字を扱う仕事もするようになりました。そこで感じたのは、数字には必ず答えがありますが、人事は絶対解がありません。相手は感情がある人間ですから、理屈や効率のみで結論を出すことが必ずしも正解ではないことが多々あります。それゆえ難しいのですが、だからこそそれを追求していくことは面白さでもあり、醍醐味であると感じます。
Thawatさん: 人事としての喜びは、やはり従業員に喜んでもらえたときです。例えば研修が終わった後、皆さんが良い顔をしてくれる時。皆さんに良い時間を与えることができたという気持ちは、人事として何より喜ばしいことだと思います。
ですが、そこに至るのは簡単ではありません。研修をやろうと言っても、みんな忙しいというのを説得していかないといけない。マネジャーの役割は部下を育てることだと言っても、Job Descriptionに入ってない、と反発されたこともあります。それでも、組織を強くするためにマネジャーの皆さんの協力は不可欠です、と粘り強く説得して少しづつ人を育てる文化が出来始めてきました。そうした地道な巻き込みをする姿勢が人事には大切だと思います。
小池さん: 人ADSAPは引き続き、会社の成⻑を支える従業員育成をしていきたいと思います。従業員の声を聴きながら、より効果のある育成施策を実施していきます。また、タイのみならずインドネシアにも好事例を横展開して、アセアン全体のレベルアップ、発展を図っていくことが当社の使命だと思っています。引き続き日本人とタイ人スタッフで協力して、従業員の成⻑をサポートしていきたいと思います。
読者からの相談コーナー
Asian Identity の 人材コンサルタントがマネジメントを担う方へのおススメの本はありますか? (No.5)
The RHETORIC 人生の武器としての伝える技術
by Jay Heinrich
英)Thank You for Arguing
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会社の会議や企画プレゼン等で自分の話を心から相手に聞いてもらうためにはどうすればよいか、上司を説得するには、⻑い会議を終わせるには、といった日常で使えるリトリックの技法をユーモアを交えて解説した一冊です。日々の生活の中で言葉の使い方、伝え方を学ぶ機会はなかなか得られないと思います。この機会にぜひ、一度ご自身の言葉の使い方を見直してみてはいかがでしょうか。
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