AI NEWSLETTER Vol.23
MARCH , 2019
Asian Identity ニュースレター3月号は、半導体を始めとする電子部品メーカー大手ローム株式会社のタイ法人ROHM Semiconductor (Thailand) Co., Ltd.で人事を担当する井ノ上様とイン様にお話を伺いました。(以下、敬称略)
タイでローム製品の販売・マーケティングを担う組織として1996年に拠点設立後、およそ20年が経ちます。従業員各々、コミットメントが強くチームワークを大切にする企業風土を作りたい、グローバルで戦える組織を作りたい、と思いをひとつに日々従業員と向き合うお二方のインタビューをお届け します。
タイの組織を率いる次世代リーダーの育成にかける思い
~組織内のコミュニケーションを大きく変えたファシリテーション研修~
まずは簡単にお二人それぞれ自己紹介をお願いします。
井ノ上:大学を卒業後、新卒で東京本社の大手情報システム関連の会社に入社しました。当初はシステムエンジニアを志して入社を決めたのです が、なぜか当時の人事部長の目にとまり、人事としてのキャリアをスタートすることになりました。最初数年は給与計算や福利厚生に関する業務を、その 後、新卒採用や社員教育を担当しました。20代後半になりキャリアの幅を広げるため外資系IT企業に転職、そこでは主にコンサルタントやエンジニアの 中途採用を担当し、年間300人ほどのキャリア採用をしていました。当時はプロセスよりも結果にコミットするという外資系と日系の違いを感じながらも、 学ぶことも多く、毎日が充実していました。2年程在籍したのち、元々海外で働くことへの興味が強かったため、2000年代前半にあることがきっかけで 渡タイすることを決意しました。当時、日本での経験を生かして人事関連の業務に携わりたいと思っていたのですが、そういう募集は少なく苦労しました。 ちょうど現在の会社で管理部門を管轄してくれる現地採用の募集があり、縁があって入社しました。今は、ここの組織で15年ほど人事や総務を含め管 理部門の責任者をしています。
イン:大学の法学部を卒業しました。在学中にローファームでインターンし勉強したことを活かすべく、卒業後もローファームで勤務していました。数年勤 めたのですが、自分の将来のキャリアと興味のあることは何か、を考えたときに偶然、タイの会社で人事を募集しているということで未経験ながら入社、そ こで人事としてのキャリアをスタートさせました。最初は給与計算や勤怠管理の仕事で経験を積み、人事のオペレーションの基礎を学びました。タイの会 社だったのですが、従業員を大切にしない風土があり、数年後にロームの別のタイ法人に転職しました。引き続き給与計算などオペレーションの仕事を やりながら、トレーニングや育成に関する仕事もこちらで携わることができました。その後、日系やマレー系の企業で人事の仕事、経営戦略に沿って人事 戦略をたて、アクションしていくという人事全般に携わりました。人事制度や制度運用の経験が活かせるかなと思い、ご縁があって今の会社に入社、今 は6年がたちます。
井ノ上さんがロームタイに入社された当初、何をしなければいけないと…
井ノ上:今でこそ日本人8人を含め従業員100名弱の組織になりましたが、当時は日本人駐在3人を含む30人ほどの小さな組織で、特に人事に特 化した部署はなく、タイ人の少し年配の女性1名が総務担当として何とか回しているという感じでした。人事制度と呼べるものもなく、給与体系や評価 制度も曖昧で、何となく決まっているという感じで。唖然としました。(笑)何もない、と。私は日本で人事に関わる仕事をずっとしてきていて、会社にお いて人事というのはとても重要・肝だと思っていたんですね。襟を正し、まずはベースづくりだとタイ人の人事経験のあるスタッフを採用し、人事担当を組成 し、色々な制度を整備することからスタートしました。
イン:その話は聞いたことがあります。本当に何もなくて大変だったと。私 が入社したのは6年前の2012年ごろなのですが、ちょうど井ノ上さんが人 事制度や福利厚生、給与テーブルなどを整備し運用を定着させようとし ていたタイミングでしたね。
実際ファシリテーション研修で得たス キルは普段の仕事上でのコミュニケ ーションの質を変えました。
井ノ上:箱づくり、要は人事制度・等級や給与テーブル、昇格ルールなどを作って運用して軌道に乗せるのに5年~6年かかりました。6年経って漸く目 を向けたのが組織づくり、従業員のマインド醸成への取り組みでした。当時、退職率が高かったんです。何故、退職者が多いのだろうと頭を悩ませてい ました。従業員の声に耳を傾けると、やはりこの会社でのキャリアが見えないというのが一つ大きい理由でした。この会社にいても自分がどう成長できるの か、将来どうなれるのか、自分が目指すべきポジションは何で、どう頑張ればそこにたどり着けるのか、という点です。ここでのキャリアが見えないというのが 若手の退職理由の一つでしたね。
あと2013年頃は創業当初から働いている古株の社員が数人いましたが、私が色々と箱作りを進めていく中で、彼らからの反発があったり、変化につい ていけないという状況がありました。若手もその姿を目の当たりにして、成長の意欲をそがれていたんですね。どう頑張っても彼らがいる限り、成長できない とか上には行けないとか。タイ人同士にも世代格差による思考のギャップがあり、世代交代させる必要があるんじゃないかと感じていました。
あとは、当時は日本人駐在員が、タイ人を下に見ている傾向がとても強かったり、日本の感覚のままでマネジメントをしていたので、言い方がつい指示命 令口調になったり、タイ人に対して曖昧な指示をしたり。タイ人も上司に遠慮して分からないことも聞かず、間違った解釈をしてミスコミュニケーションを引 き起こして問題になっている。言葉の壁も加わり、両者間での仕事上のやりにくさ、日・タイ同士のコミュニケーションの問題点も多かったですね。
イン:当時、まずやらなければいけないこととして、意欲ある若手をどう育てるかということと日本人・タイ人同士の壁をなくすという2つがありました。 日本人とタイ人同士の壁があるということについては、まずはタイで働く上で必要なマインドの醸成ということで日本人駐在員向けのマネジメント研修を実 施したり、タイ人側にも日本人が仕事の様々な局面でどのような考え方をしてどういった判断をして、そのようなコミュニケーションに至るのか、異文化コミ ュニケーションを学んでもらいました。お互いに一緒に学ぶ機会も設けたりして徐々にお互いの考えを理解していった感じです。この活動は今も継続して いる活動です。駐在員は入れ替わりますから、新規で赴任する方には必ず学んでいただきますし、タイ人の新しいスタッフにも可能な限り学んでもらうよ うにしています。継続しているおかげで日本人とタイ人間の心の壁が数年前と比較しても随分、低くなったと実感しています。
他にも従業員のマインドを醸成する取り組みがあれば教えてください。
井ノ上:直近ではファシリテーション研修というのを実施しました。ファシリテーターは会議を進行する役 割を担う人、という風に捉えられることが多いです。何らかの事柄を円滑に進むよう支援する働きを「ファシリテーション」といいますね。これは、自分がどうしてもやりたかった研修です。弊社ですが、会議の数が多いんです。全て生産性の高い会議であればいいのですが、無駄な会議が多くて時間がもったいないなと以前から問題視していました。無駄とは具体的に言うと会議の目的やゴールが曖昧、何も決めずに終わる、何かを 決めたとしてもその後のフォローが何もない、とかですね。
イン:そうですね。会議の質がとても良いとは言えず、時間の無駄だと思っていました。始めは井ノ上さんがファシリテーション研修を社内でやりたいと言ったときは、ただの会議の効率化のために研修することに意味があるのかなと少し疑問に思いました。しかしながら、研修を実施するうちに思ったよりもたくさんの学びがあることに気づきました。会議の中で良いファシリテーションを行うことはマネジメントスキルやリーダーシップに結び付く、と実感を得ました。
井ノ上:ファシリテーションをする中で、部下やチームのメンバーから意見を引き出すためにどんなアプローチをすべきか、どういうコミュニケーションを取るべ きかということを考えるんです。そして、どうすれば彼らが動くのかを考えます。率先して自ら周囲に働きかけるというスキルやマインドこそが、今の会社に必要なもので、会議の場以外の普段の仕事上でのコミュニケーションにも必要だと。実際ファシリテーション研修で得たスキルは普段の仕事上でのコミュニケーションの質を変えました。
イン:会議という点では、全員がホワイトボードを使うようになりました。(笑)今まで使っていなかったメンバーが大半でしたから。あとは、会議の時間 内に求める結論や具体的なアウトプットが出るようになり、質がかなり変わりました。自分が一番、良いファシリテーターになろうと研修を受けたメンバーが競争している感じもあります。
ファシリテーションを行うというスキルは色んなコミュニケーションのテクニックが必要とされますね。
井ノ上:社内でもそうですが、セールスチームではお客様先でも商談にファシリテーションスキルを活かす、ということが出てきています。お客様の会社でセールスメンバーがお客様の会社のホワイトボードを使いつつ、議論をリード、お客様の要望をうまく引き出して商談をまとめ上げている、みたいな話を聞きます。
イン:ファシリテーションを行うというスキルは色んなコミュニケーションのテクニックが必要とされますね。参加メンバーの注意を引き付けるために何をすべきか、会議に集中してもらうためにどう興味をもってもらうか、自身の説明は論理性を担保できているか、伝え方の工夫など。ただの会議の効率化というわけではなく、実際はコミュニケーションの総合格闘技だと思います。難しいスキルですね。
井ノ上:ファシリテーション研修の中で「人のアイデアや意見は必ず受け止めて必ず尊重する」ことを学びました。そこから社内で誰かの意見を否定したり、排除したりというマイナスなコミュニケーションが明らかに減ったような気がしています。まずはどんな意見も受け止める。そうすることで、自分はどんな事を言っても受け止めてもらえると心理的安全性を感じて意見を言いやすくなったというプラスの影響が出ていますね。
ファシリテーション研修のほかにも、昨年社内でCSVトレーニングというのをやりました。ロームグループ全体で行っている研修なのですが、本社からタイに研修生として派遣された若手社員が実施したものです。CSVトレーニングというのは、社員一人ひとりが社会課題を意識して業務に取り組むことができるよう、社会課題と自分の仕事の価値を結びつける研修です。自分がロームで働くことで社会課題を解決するために、どのような貢献ができるかを考えさせました。社会貢献意識とビジネスセンス、ロームを担うリーダーには双方のセンスを併せ持って欲しいという会社の期待です。
イン:CSVトレーニングの効果もあり、社内で安全衛生や5Sなどをテーマとしたいくつかの特別プロジェクトチームも編成されました。このタイでの取り組みがグループ会社でも有名となり、アセアン地区のベスト改善活動アワードを受賞し、さらに本社の社内報にも掲載されるなど、京都本社の社長からも評価を頂いて、お墨付きをもらいました。
井ノ上:このプロジェクトチームのメンバーはマネジャークラスより下の次世代リーダー層が中心です。近年はマネジメントクラスのみならず、このリーダー層の育成にも力を入れているので、何か会社としての期待値が彼らにも伝わったのかなと。 かつては、組織が大きくなるにつれて、部門間の壁があり部門ごとにコミュニケーションや 情報共有が閉じられていました。社内交流に乏しく、全社で協力して何かをするというのは難しい状況があったのですが、そこに風穴をあけたのが若手次世代リーダークラスで すね。彼らを一斉に育成することで一枚岩化できており、横のつながりが強化されたように思います。
従業員が何を考え、求めていて、どうなりたいのかを察知して、 その世代にマッチした育成方法を考えられるセンスが 人事には必要なのではないでしょうか。
組織の中心で活躍するジェネレーションも変わってきていますから。50代と30代とでは育成のアプローチの仕方もまるで違います。タイはよくレクチャースタ イルの研修が受けるといいますが、今の20代、30代のミレニアル世代に同様のスタイルが合致するかというとそうではない。派遣される日本人駐在員も 同様に若くなってきています。世代や異文化の壁をなくすアプローチも変えていかなければならない。 いずれにせよ、従業員が何を考え、求めていて、どうなりたいのかを察知して、その世代にマッチした育成方法を考えられるセンスが人事には必要なので はないでしょうか。
着実に組織の風土づくりをされていると思いますが、今後どのような取り組みをしていきたいですか。
イン:タイ人が日本人のマネジメントに依存するのではなくて、自分自身で考え、実行できる組織です。そのために、主体的に動けるマインドを持った次 世代リーダーの創出、強化を進めています。あとは各人事制度が持続可能なもので従業員に受け入れられやすいもの、使い続けられるもの、に改善し ていきたいです。
井ノ上:人事においては諸制度も育成計画についてもベースは取り揃えつつあります。あとはその制度や育成が業績にどの程度結び付いているのか、 を今後は分析していきたいです。結果が出せる、パフォーマンスの高い組織づくりができているか、費用対効果を分析、検証していきたいと思っています。
ロームタイの人ってこういう人だよね、という何かタイの組織づくりにおいて言われたい言葉はありますか。
井ノ上:「ロームは責任感が強い、コミットできる人が多いよね」とか言われたいですね。必ずゴールを達成するために周囲を巻き込んだり、上司や部下 を説得したり【攻める】動きができる人が集まる組織にしたいです。ロームのアセアンエリアで、現在のシンガポールにとって変わるような、アセアンのリーダー 的な存在の会社となり、そしてグローバルで戦える組織を目指しています。
イン:やはり「ロームはチームワーク、コラボレーションが強い」組織と言われたいですね。今のリーダー層を見ていると本当に部門間の壁がなくて全社でコ ラボレーションして仕事を進める意識が強いんです。すごくいいなーと思って。これをリーダーの下の層もどんどん受け継いで欲しいです。
「ロームは責任感が強い、コミットできる人が多いよね」とか言われたいですね。
ロームタイの人事パーソンとして心掛けてほしいことはありますか?若手人事スタッフへの期待など。
井ノ上:従業員の隠れた声に耳を傾けてほしいです。何に困っていて、どう思っているのか、その種をつかんで分析して何をすべきかを自ら考えて僕やインさんに提案してほしいです。人事に関するもっと良い取り組みにつながる種がそこにあると思うので。積極的な意見や新しい提案は大歓迎ですね。
イン:心を得る、ことです。チャナジャイというタイ語があります。信頼関係を築くために努力するという意味です。従業員と信頼関係を作り彼らの心を得なければ色んな人事施策をしたとしても根付かないと思います。一方的に施策を実行するのではなく、従業員が心から賛同してくれるような取り組みと協力関係を築く力をつけて欲しいですね。
井ノ上:人事は従業員の心を掴み勝ち取ること、これが一番大切だということですかね。
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5月17日(金)・18日(土) 15,000THB
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