AI NEWSLETTER Vol.09
DECEMBER , 2017
毎年、多くの組織が頭を悩ます問題があります。
それは昇格、昇給を発表した後に生じる組織内の摩擦、です。経営としては、良かれと思い優秀な方に手厚く処遇し、そうでない方には少し低めに処遇したわけですが、それによって生じた組織内の摩擦が予想以上に大きく、火消しに苦労するという事態は様々なところから聞こえてきます。どこまで差をつけるかは常に悩ましい問題ですが、どのようにバランスを取ることが良い経営なのでしょうか。
「アジア式組織運営」を考える
アジアはゲマインシャフト型組織
まず、組織というのは「ゲゼルシャフト型」と「ゲマインシャフト型」に分けることが出来ます。19世紀にテンニースというドイツの社会学者が提唱したところによると、経済的な利益を目的とした組織がゲゼルシャフト (Gesellshaft)で、コミュニティを維持することを目的とした組織が、ゲマインシャフト(Gemeinshaft)です。
ゲゼルシャフトでは利益面や機能面が最重要視され、ゲマインシャフトでは人間関係が最重要視されます。アジアの組織の源流は農村社会から来ており、Share(共有する)という価値観が流れていますから、どちらかというとゲマインシャフト型です。つまり、利益よりも人間関係を重視します。大まか に言えば日本やタイの組織はこちらに属すると言って良いでしょう。
日本でも、バブル崩壊後に欧米型の人事制度がブームとなり、成果主義がもてはやされました。しかし多くの場合はそのままではうまく行かず失敗例が多く聞かれました。共同体に貢献することをモチベーションとしていたゲマインシャフト型の日本の組織には報酬に差をつけすぎる制度は合わなかったのです。
その後日本ではMBOという目標管理制度を導入する企業が増えましたが多くの企業が過度な成果主義からの反省を踏まえて、行動評価を織り交ぜた柔軟な制度となっています。数字やKPIのみで評価するのではなくコミュニケーションを重視し、また結果として大きく差がつきにくい制度を取っている企業が多いと思われます。タイでも差をつけすぎることの失敗例の方をよく聞きます。共同体に⻲裂が入ることを多くのタイ人は望んでいないのではないでしょうか。
もちろんこれは業種や仕事内容にもよります。一部のプロフェショナル職のような、個人のパフォーマンスで大きく業績が変わる業界であれば差をつけることも合理的でしょう。一方で、チームワークで価値を生んでいる業種においては、差をつけすぎることの弊害をしっかり押さえておく必要があります。
完璧に公正な評価は存在しない
差をつけるにせよつけないにせよ、重要になってくるのは「評価のやり方」です。
よく「主観で評価をするのではなく、誰が見てもわかる客観的な評価基準を作るべき」という考えを聞きますが、私はそれは難しいと思っています。なぜならば、ロボットで代替できるような定型業務を除いては、現代のビジネスパーソンのパフォーマンスを明確な評価基準に落とし込むことは極めて難しいからです。
とりわけ、昨今の経営環境では創造性や変革が求められます。「事前に決めた数値を達成すれば高評価」とすることによる、組織の柔軟性の低下の方が問題となりかねません。「事前に評価基準にはしていなかったけれど、思いがけない成果を柔軟な対応で挙げてくれた」のであれば、それは高く評価されるべきです。
そういう話をすると、「思いがけない成果を、どうやって評価するのか?基準が必要では?」という意見が上がってきます。ですが、すべてを基準化することは不可能ですし、逆にそこにエネルギーを使うのは時間の無駄です。だからこそ、評価者の存在が必要なのです。もし誰が見ても明らかな評価基準があるのであれば、評価者というものはそ もそも必要ありません。グレーなものに、白黑を無理やりつける「意思決定」というのが評価をする人間の業務と言えます。
評価とは、「公正さ」ではなく「納得感」です。上司と部下がそれぞれ納得していれば、それが良い評価です。納得感を生むのはコミュニケーション以外にありません。評価者の仕事は、「後から」部下にモノサシを当てるのではなく、「リアルタイム」で部下の取り組みにフィードバックし、最後の評価の納得感を作るのが仕事です。簡単では無いですが、粘り強く評価者を育成していく他に評価の納得感を上げる方法は今のところありません。
ジョブディスクリプションとは「指示」ではなく「期待」である
最後に、評価と密接にかかわるのがジョブディスクリプション(JD)です。「JDに書いていない仕事をやったのに評価が低い」等の行き違いも、納得感を作るうえでは障害となります。
日本の会社は新卒採用が中心で、また人材の出入りが少なかったため、歴史的に明確なJDというものが有りませんでした。一方でタイには普通に存在するため、タイの日系法人はタイに合わせてJDを作成しています。ですが、その運用に慣れていない為マネジメントに苦労している様子が散見されます。JDというのは日系企業におきるコンフリクトの最も典型的なものの一つです。
日本人は「JDなんて不要だ」と考えがちなのですが、日本人に必要なのはまずJDを受け入れる姿勢です。よく考えると「JD無しで仕事をする」にはとても高い能力が必要です。日本では「言われてないこともやりなさい」と幼いころから教育されますが、これは「ハイコンテキスト(文脈依存)」の典型で、外国人に求めるのは難しいです。従業員にどういうことを期待するのか、何をしてほしいのか、をまず明確に伝えるのが会社側の責務でしょう。
一方で、JDというのは細かく書くとキリがありませんし、どこまで細かく書いてもすべてを書くことは出来ません。ここで大切なのは、指示が多ければ多いほど人間は考えなくなるということです。どんな企業であれ、会社で職責が上がると、何をするべきか自分で考えなくてはならなくなります。つまり、ポジションが上がるという事は、「指示が必要な人」から「指示が無くても動ける人」になっていくのだことは全員が理解しておくべきことです。
それゆえ、JDとはあくまで「期待」であって、1から10まで「指示」をすることではない、ということを人事が理解しておく必要があります。その考え方に基づき、JDの書き方もタスクを書くのではなく目的やゴールから書く意識を持つべきです。
究極的には、本当に強い会社は「言わなくてもやる」状態が実現できています。そこにあるのは「指示や命令」ではなく、「文化に基づいた能動的な行動」なのです。これはグローバルに展開する欧米系の企業が価値観やバリューの浸透を通じて目指している姿で、国を問わず重要な考え方です。
繰り返しますが、日本もタイも、ゲマインシャフト型の組織として、沢山の共通点があります。差をつけすぎることは好まず、また労働をシェアすることの方を好む人の方が多いようです。社員のコミュニティへの貢献意識に基づいた能動的な行動を取るポテンシャルがあると信じて、マネジメントを工夫していきたいものです。
人事制度 コンサルティング
Asian Identityでは、人事制度の導入・構築のコンサルティングを行っています。
等級、評価、報酬の3つを軸に、どの分野に何をすべきかをクライアントとディスカッションのうえ決定し、進めていきます。
特に「評価」という点では、評価基準についてのアドバイスのみならず、評価者の育成、研修・ トレーニングなども行っています。
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2017年に皆様にご利用いただきましたAI Collegeですが、2018年も開講を予定しております。 2017年度にご好評いた だいたMMA(マネジメント講座)やHRカレッジ(人事の学校)に加え、タイ/日間の異文化コミュニケーションワー クショップやジュニア向けのロジカルシンキングの講座も開講を予定しています。